懐かしの味

 穏やかな休日の午後。久しぶりに何もない貴重な時間だ。
 まだ午後の予定もたてずに、ふたりは過ごしていた。
「由孝さん、これ懐かしいでしょう」
 鞄をごそごそとしていた克実が、嬉しそうに差し出したのは菓子の小袋。それも5袋が繋 がっているという、子供向けという感じのもの。
「ん? なんだ? ベビースターラーメン?」
 ソファでくつろいでいた由孝は、目を細めながら新聞を下ろした。
「はい、三浦さんが得意先の人にたくさんもらったからって配ってました。俺、塾に行って いたときはかなりお世話になりましたよ」
 克実はニコニコと袋を見つめた。
「うわー、焼きうどん味、ミートソース味だって。最近はいろんな味があるんだなぁ」
「なんだ、それは。ラーメンなのか?」
「えっ?」
 意外な返事に克実は目を丸くした。
「まさか……知らないとか?」
「知らんな。初めて見た」
 由孝は大まじめだ。
「へーえ……」
 子供なら誰でも知っている……と言う台詞を克実は飲み込んだ。
 由孝の子供の頃の複雑な家庭環境を思い出した。人それぞれなのだ。
 駄菓子を禁じられていた友人もいたし、有名店の菓子がおやつという友人もいた。
「これはね、お菓子なんですよ。インスタントラーメンみたいなんです。そのまま食べられ るから、どうぞ」
 克実は、はい、と小袋のひとつを差し出した。
 胡散臭そうにしばらくパッケージを眺めていた由孝は、ぱりっと開封して、菓子を不思議 そうにつまみ出す。
「壊れたインスタントラーメンだな」
「食べてみてください」
 由孝がどんな感想を漏らすのか、わくわくしながら見つめた。
 ポリポリと微かな音がして、由孝は少しだけ微笑んだ。
「なかなかいける。酒のあてにいい」
「でしょう? それはノーマルなやつですよ。焼きそばっていうのもあります」
「おまえは子供の頃に、こういうのを食べていたんだな」
「駄菓子は好きですよ。妹たちとよく買いに行きました。くじ付きのお菓子とかも燃えまし たけど。俺、当てるのが上手いんです」
「そうか……。英司とはそういうことはなかったな。残念だ」
 懐かしむように遠くを見つめる由孝に、克実は寄り添って座った。
「由孝さんの懐かしいお菓子って何ですか? 聞かせてください」
「うん?」
 優しい眼差しが克実を見つめる。
「そうだな……」
 ガラス越しの日差しは、外の寒さを忘れるくらいぽかぽかと暖かくふたりを包み込んだ。
*通販用のペーパーにおまけで書き下ろしたSSだそうです。
 今、アシさんがとある理由でせっせとベビースターを消化してます。
 望みが叶うといいね(^^)   201105 かんべ
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